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デスノ12巻感想と本気ニア語り 

こんにちは。なぎらんです。

ちょっち現在、大学での研究を頑張っているので、更新頻度が低くなっております。少なくとも7月末まではこんな感じになりそうなのですが……更新が滞っているブログのこと、ときどきでいいから思い出してもらえると嬉しいです。


あと、少し前ですが、リンクにデスノ関係のサイト様2件を追加しました。


■さて、デスノ12巻、発売されましたですね。
表紙絵については、

メロたんのふとももがぱっつんぱっつんすぎて
ショートパンツを履いてるようにしか見えねえ


とか

ニアたん、大好きなLの隣になれて
よかったね………!!


とかいろいろ感想はあるのですが、本編の仕様もあちこち凝っていて、ジャンプで読んだ時とはまた違った感動がありました。

DEATH NOTE 12 (12) DEATH NOTE 12 (12)
大場 つぐみ (2006/07/04)
集英社

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で、どうでもいいんですけどね。
最近ですね、ついに、自覚しました。

自分はニアスキーだと
いうことを。


ニアが好きだ。ニアが好きだ。ニアが好きだ。
ニアが好きだ。ニアが好きだ。ニアが好きだ。
ニアが好きだ。ニアが好きだ。ニアが好きだ。

好きだ!
好きなんだーーーー!!


もうこれは恋なんじゃないかと。(勝手に言ってろ)
デスノではメロたんニアたんが半々で大好きだと思っていたのですが、どうにもこうにも、ニアが好きらしいです。自分。


■それで、萌えたぎる思いを思うままに書きつづろうかとも思ったのですが、その前に一度、彼について本気で大真面目に語っておこうと思いました。コミックス最終巻をじっくり読んで、改めて感じたこともいろいろありましたですし、ええものすごく。

奴が何を考えて、何を目指して戦ってきたのか、必死に考えた私なりの結論であります。(必死すぎる自分が正直ちょっとキモイ。)

具体的には

「絶対ではないニアの正義観」
「『Lのやり方』」

そして

「『L』の称号を受け継いだニア」

の3点について、語りたいと思います。

これらが私の思うニア像であると同時に、私がニアを好きな理由でもあるのです。


1.「絶対ではないニアの正義観」

ニアの

「何が正しいか正しくないか、何が正義か悪かなんて、誰にもわかりません」

「神の教示があったとしても私は一考し、それが正しいか正しくないかは自分で決めます」

という台詞が、私はものすごく好きです。

この辺りの台詞で、ニアがキラとの戦いを「どちらか上かを証明するだけの戦い」と表現した理由や、ニアがどのような考えに基づいて月と戦ってきたのかが、すごく良く分かると思うのです。

彼は「キラ=悪」とする自分の正義観を絶対的なものとはせず、あくまで「多くの考え方がある内の一つ」と位置付けています。そして、月に対して「貴方はクレイジーな大量殺人犯」と言ってはいるものの、あくまでその理由は、ニア自身はそう考えるからなのだ、という言い方をしています。

自分と他人の価値観を俯瞰し、絶対的な正義などこの世には無い、とした彼の考え方と、そういう立場に立った上で自分の信じる「正義」を貫いた彼が、私は好きです。

「世界中の多くの人がそれが認めたからそれが正義」

ではなく、あくまで

「自分がそれを正義だと思うからそれが正義」

なのが、好きです。

月も元々は後者のスタンスだったと思うのですが、ニアに「もう僕が正義なんだ」と言っているあたりで、最終的には自分が正しいか否かの判断を他者に委ねてしまっていた感じがして、ちょっと残念に思いました。そのため、自分の掲げる正義に対する自信は、ニアの方がちょっとだけ上だったんじゃないかな、と私は思っています。(ごめん。どうしても贔屓目に見てしまうよ…)


ちなみに、ニアの「何が正しいかなんて誰にも分からない」という考え方、ニアがもともとこういう考え方をする子だったという可能性もありますが、私は、「Lの死」が、ニアをこういう考え方に導いた、あるいはより一層この考え方に傾倒させた原因ではないかと思います。

Lは「私が正義だ」、そして「正義は必ず勝つ」と宣言していたことから分かるように、自分が絶対的な正義だと信じてキラと戦っていました。 この点はニアとは異っています。

しかし、そんな自分を絶対的正義だと信じて戦ったLがキラに敗れてしまう。

そのような過程を見て、ニアは

「正義だから勝てるというものではない」
「そもそも絶対的正義など存在しない」

そして

「自分の信じる正義を貫くには自分が勝つこと」

と、考えるようになったのではないかな…と。

そしてそのような考え方が、正義であるはずのLが負けたという失望感もあって、少々毒の入った

「ゲームは勝たなければ パズルは解かなければ ただの敗者」

という台詞として表れたのではないかと思います。

「この戦いはどちらが上かを証明するためのもの」

という台詞も、単なる知力対知力戦だということを言っているのではなくて、「自分の信じる正義を貫くには勝つ以外に手段は無い」という意味なのだと私は思っています。


自分が絶対的正義だとは決して主張しない謙虚さと、
神の教示の是非すら自分が決めるんだという傲慢さを合わせ持つ、
そんなニアが私は好きです。


や、明らかに奴は傲慢だろ、とクールに突っ込む私の中のマインドBが居ますけどね。


2.「『Lのやり方』」

ニアの、『Lのやり方』に対する真摯さが、好きです。


……ええとですね、まずはですね、ニアは「Lのやり方」をあくまで貫いたんだ、と主張するために、

「ニアは魅上の名前をノートには書いてないったら書いてないんだってば!」

と私は声高に訴えたいと思います。

……最初に断っておきますが、私は残念ながら「ニアが魅上の名前を書いた」という可能性を論破できてはおりません。なので、伊出さん的に言うと私の主張は結局「願望なんだよ」になってしまうのでしょう。

でも、それでもいいんです。完全に理屈で証明した上ではなくとも、私は私が思うニア像を、不完全な形でも、それでも主張したいと思うのです。


私が、ニアは魅上の名前をノートに書いてはいないと主張する理由は二つあります。

まず一つ目は

「その前に殺すなんてとんでもありません」

Lのやり方でやるんだ、とSPKメンバーに語っていた時の、このセリフです。

「魅上の名前を本物だという確信のあるデスノートに書き込む」ことは、「その瞬間に魅上を殺す」ことと同義です。死亡時刻が例え10日後だろうが、書き込んだ瞬間に死が確定するのですから。

そして月が自分をキラだと認める前にそれを行うことは、証拠を押さえる前に魅上を殺すということになるので、ニア自身がこうすると言った「先に証拠を挙げるやり方」とは明らかに異なっています。だから、ニアは魅上の名前をノートに書くようなことはしていないだろう、と。

ここまでが、一つ目の理由。


二つ目の理由は、次のようなことです。
こちらの理由はかなり感覚的なものになってしまうのですけれど……

「自分の顔を月にさらす」

という最終手段に出ることは、あくまで「Lのやり方」を遵守する彼の真摯な気持ちの表れだと思うのですが、これに対し

「ノートで魅上を操る」

という行為は「Lのやり方」から逸脱する、かなり卑怯な手段だと感じられます。

前者の真摯なニアと、後者の卑怯なニアは、果たして一人のニアの中で両立するものでしょうか。私にはちょっとそうは思えないのです。ニアのスタンスが真摯と卑怯のどちらの極限でもなくて、とても中途半端なように思えるのです。

もし極限的に「真摯」なニアだったら。
ノートに魅上の名前は決して書かないでしょう。

逆に極限的に「卑怯」なニアだったら。
たぶん、自分の顔を月の前にさらすようなことはせず、あらゆる他の手段をとっていたんじゃないかと思います。それこそ、YB倉庫で相対した直後に面も取らずに月を捕らえるなり殺すなりしたってよかったじゃないか、と思うのです。そうすればニアは自分が殺されることもなく完全勝利できるのですから。

実際にはどうだったかというと、ニアは月に顔を見せた。つまり「Lのやり方」に少なくとも真摯な一面を見せた。そして私は、ニアは真摯さと卑怯さが共存するような中途半端なスタンスは取らないと思う。その結果、「真摯」の極限、つまり「ニアは魅上の名前をノートには書かなかった」が真実ではないかと思うのです。

ここまでが、二番目の理由です。
主観が混じっているのは百も承知ですが、それでもあえて書いてみました。


そしてこれらの理由が正しいのであれば、ニアは「Lのやり方」を貫いたということになり、そんな、「Lのやり方」を遵守した(と私は考える)ニアが私はものすごく好きだなあと思うのです。

ここまでニアが「Lのやり方」にこだわった理由は、月に愚かな行為だと言われたような「Lの敵討ち」的な心情がやはりニアの中に存在はしていたからではないかと私は思います。個人的な思い入れがまるで無いのに、顔をさらすような危険な行動に及んでまで「Lのやり方」を貫くとは、私には思えないからです。

ニアが冷静な思考を駆使して戦うための原動力となっているのが、実はLに対する真摯な情熱であるという、そんな、冷たくて熱いニアが、私はとても好きです。


ちなみに、私が「ニアは魅上の名前をノートに書いた」論を論破できない理由は、魅上がYB倉庫に向かう直前に自分の持つノートが本物かどうか試すかもしれない、とニアが予測していた可能性は否定できないな……と思う点です。それを防ぐのに、ニアが魅上の名前を本物のデスノートに書き込むという以外の手段が思い付かないのです。うーん……どうしたもんだか。


3.「『L』の称号を継承したニア」

最終回で、『L』になっていたニアが好きです。


ちょっと、この項目に関する語りはかなり思い込みの要素が強いように自分で思えるので、その点、どうぞご容赦下さいませ。


最終話で『L』と呼ばれ、探偵活動を行うニア。

一見、いけしゃあしゃあとLの後釜に居座ったかのような印象を受けるエピソードですが……私には『L』と名乗るにあたり、ニアにはニアなりの葛藤があったのではないか、と勝手に思っています。

ニアは

「わかっていたんです 私はLを超せないこと」

というセリフから分かるように、本質的に自分はLを超えることはできない、と自覚していました。

個人的には、ニアの人としてあり得ないくらいのあの類い稀なる情報処理能力は、決してLにひけを取るものではないと思うのですが(Lももしかしたら同じくらいのことできるのかもしれないですけどね)、ニア自身がLには敵わないと思うのだったら、やっぱり敵わないというのが正しいのでしょう。

そして、ニアの中では、もしLに並べる可能性があるとしたら、それにはメロの存在がどうしても必要だったように思えます。つまり、ニアの冷静さとメロの行動力が両方揃った状態こそが唯一、ニアにとってLと等価なものだと、ニアは感じていたように思えます。

それなのに、自分一人が『L』になること。
一人では『L』として不十分な自分が『L』を名乗ること。

ニアはそんな自分を手放しで『L』と認めることができたでしょうか。
私には、あまりそうは思えません。


それではなぜ『L』を受け継いだのかと言うと、たぶん、

「他に人がいないから」

ではなかったのではないかと私は思います。

探偵稼業を続けるなら、別に『L』じゃなくて『N』でもよいではないですか。

なのに、ニアが『N』ではなく『L』を名乗るのは、『L』がキラに破れたという事実を隠すため、『L』の権威を損なわないためだと私は思っています。

そしてそのためには、自分にLに匹敵する能力があろうがなかろうが、『L』と名乗るしかありません。


憧れたLのために、
『L』の権威を守り続けるために、
抜けた穴を埋めるために、

『L』と名乗るには本質的に足りないものがある自分が、
それでも『L』と名乗る。

そこにはきっと葛藤があったのではないかと、私は勝手に思うのです。

表面的には図太い彼は『L』になってもおもちゃに囲まれて相変わらずな様子だったように見えますが、しかし、「板チョコをかじりながら」という明らかな変化が見られました。

これは、どう考えても、『L』を名乗るには自分に足りないもの、つまりメロの存在を意識してのことだと、私は思うのであります。

そんな葛藤を抱えたまま『L』を名乗っているのかもしれないニアが好きです。

いつか、ニアが自分を『L』として本質的に認められる日が来るといいな、と私は願っているのであります。



■……という訳で、本気ニア語り3本勝負でした。

ここまで読んで下さってる方が果たしていらっしゃるのか正直疑問ですが、万が一いらっしゃいましたら、本当にどうもありがとうございました。このような思い込みの激しい文章におつき合い下さり、本当に感謝しております。

そんな訳で、ニアが好きで好きで好きでたまらん気持ちを語ってみました。
今後も、こんなニアたんを、全身全霊で愛でてゆきたいなあと思います。
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コメント

本気のニア語り読ませていただきました。当の私も二アが好きで色々二アがどういうつもりで、あの言葉を言ったのかなどと考えていたのですが、途中で自分がなに考えてたかわたからなくなってしまうことがほとんどだったんですよ、頭悪いんで、自分。
なのでこれ読んだときに
「そういえばそうだ」
とかおもいながら読んでました。
おかげで、なんかすっきりしました。

>ユキさん

はじめまして!このような長いたわごと、誰が読むっていうんだ……と思いながら書いたので、読んでいただけて大変嬉しいです。ありがとうございます!(泣)

私なりのニアのあんな台詞こんな台詞に対する意見だったのですが、すっきりしていただけたとは、本当に嬉しいです。

ニアの台詞は、本心で言っているのか、それとも裏があるととらえるかで180度キャラクターが変わってしまうように思えますが、私はどれもストレートに受け止めております。そしてニアが好きな方は結構ストレートな解釈をする方が多いような気が個人的にします。

こんにちわ

最近ニアにはまってしまって
デスノート全部読みました
私もニアはノート使ってない派です
ニアの今後に幸あれ

>いるかさん

はじめまして!コメントどうもありがとうございますー。

うおお!最近になってニアにはまる方も、やはりいらっしゃるのですねー!嬉しいですv

>私もニアはノート使ってない派です
ニア好きだとやっぱりそう思いたいですよね。
でも、いろいろ見たところによると「ノートは使ったけどやむない事情があった」的な意見の方とかもいて、それはそれでいいなあ、とも思います。あの、どちらとも解釈できる見せ方はいろいろ想像しがいがあっていいよなあ、と思います。

>ニアの今後に幸あれ
あうう……!(嬉)

ニアかわぃぃですよね♪
私もデスノート読みました
ニア大好き

>咲さん

初めまして!コメントありがとうございました。
反応めっちゃ遅くなってしまってすみませんでした(汗
ニアかわいいですよね!激しく同意ですvえへー

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